人はなぜ異文化を求めるのか

アデラインは、「輸入」家具を販売します。日本で作っているものでも、家具は家具なのだから、別に不足がないといえばそうなのですが、このインターネット社会で、海外の目新しいものを見たら、欲しくなってしまうのが人間というものではないでしょうか?

という確信を、先日、「クリムト展」を鑑賞して思いました。

 

グスタフ・クリムトは、多くの絵で、当時ウィーン博覧会に出品された日本に多大な影響を受け、女性の肖像画などを、きわめて平板に書いてみたり、また額装の手法などは金箔・銀箔を使用しています。金箔・銀箔を使っていると、日本的に見える、というのも、また日本人があまり意識していない感覚のような気がします。また、クリムトは都会での仕事に疲れると、郊外で風景画を描きました。その時に見せる「わざとやった平板さ」は、あきらかに日本の春画や浮世絵がモチーフになっています。クリムトがモチーフにしてくれて初めて、「ああ、日本の絵ってそうよねえ」と思う、切り取り方なのですよね。

たとえば、ベルサイユ宮殿は修復が進んでいて、ある意味悪趣味なほどのキンキンキラキラ具合を外観で見せるようになっています。修復にはいろいろ考えがあろうかと思いますが、作った当時の色彩をそのまま載せるというのは、いやらしいほどの権力欲を、目で見て直感で理解できるという意味で、正しいと思います。金箔がはがれた仏像は、シックに見えますが、本来はキンキラキンだった場合もあり、そうなると、民衆のための仏像ではなく、お金がある人のための仏像である、ということは、容易に想像がついたりもするものです。でもだからといって、ベルサイユ宮殿を見ても「和的」とは思わない。やはりあしらい方なのですよね。

今日は六本木に車で行きました。あの街は、国産車3割、輸入車7割、みたいなところです。もちろん外国人の居住が多いから、というところもあるけれど、やはりそれは日本人の、ちょっと他人とは違ったものを持ちたいというのは、クリムトが日本的な技法を使って「イケてる、俺」と思ったのと、おそらく同じ心理なんでしょうね。

海外の文化に触れることは、その時だけ、海外の暮らしを感じること。

輸入車だって、本国で買えば安いのに、日本で高い車を買う。

人の性とは面白いものです。

 


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