ホテルの役割とは。

12日(金)に、澤山乃莉子さんが熱海に建てられたキュレーションホテル「桃乃八庵」を美しく撮りためたコーヒーテーブルブック「キュレーションホテルが拓く日本の伝統の未来」の出版記念イベントに参加しました。場所は日本橋のカリモクです。

                         画像をクリックすると、アマゾンに飛びます

ホテルはいたるところに日本の伝統と新素材を融合させた、究極の和素材が使われ、まさに、海外から来た観光客が、存分に日本の伝統工芸に浸ることができる空間。日本の歴史の深さと伝統工芸の素晴らしさをアピールした、「次世代のホテル=キュレーションホテル」です。

ホテル業界の方々は、もうすでにこの問題意識を共有しておられることなのですが、私がかつての取材経験を今振り返って思うことを、ここに書き記したいと思います。

もう17年前のことになりますが、2002年FIFAサッカーW杯が日韓で開催された時、私は兵庫・姫路市で勤務をしており、もちろん神戸でも3試合ほど行われること、何より当時大スターだったデーヴィッド・ベッカム擁するイングランド代表が、淡路島でキャンプを張ることになり、取材に参加したのです。

                                          写真はjiji.com

その誘致に奔走した人々のストーリーを新年連載にも書きましたし、イングランド代表が滞在している間は、開業したばかりのウェスティンホテル淡路でも取材可能な体制を取っていました。アスリートというのは、ホテルにいる間も、常にジャージを着てうろうろするので、「イングランドの関係者なんだな」と一目でわかります。

2002年といえば、はるか昔のような気もしてしまいますが、たった17年前のことです。しかし、今わかるのは「ウェスティンホテル淡路」がなければ、イングランド代表が淡路島にキャンプを張るのは、「ありえなかった」ということです。

淡路島は、北側が神戸市垂水区とつながる明石海峡大橋(1998年開通)、南側が大鳴門橋(1985年開通)で徳島県と繋がっています。「島」と名前がつくからなんとなく小さいイメージがありますが、南北に50キロあり、高速道路が通っていても走り通すのには骨が折れる距離です。

淡路島の中心地は洲本市ですが、関西から行くには、島に入ってからしばらく走るイメージです。なので、明石海峡大橋が開通するまでは、基本的に徳島に近い南の方が栄えていましたし、大きなホテルも、渦潮がある鳴門方面にありました。北側半分は、海水浴客向けにペンションや民宿があるのみだったのです。

そのペンションや民宿で、関西人は大抵、悪夢のような夜を経験していました。

エアコンが夜中に壊れるのは「よくあること」。夜が深まると、あかりに導かれて、手のひらほどの大きさの蜘蛛が何匹も、どこから?と思うぐらい、たくさん入ってくる。洗濯済みのシーツが用意されていればラッキー、ぐらいの期待値の低さ。だけどそもそも布団は数が足りない。私はいろんな関係で3回、この手の民宿に泊まりましたが、いずれもひどい目に遭いました。もちろん良い民宿があったのかもしれませんが、今のようにインターネットでレビューがあるわけではないので、わからないのです。

そこへ、サッカーW杯の開催が決まり、ウェスティンホテルができました。

これは、もう、安心のひとことです。エアコンが壊れている恐れも、シーツが交換されてない危険も、夜に巨大な虫が入ってくるリスクもない。

そもそも、イングランド代表というのは、セレブ中のセレブなわけです。そんな人たちが虫の這い回る民宿になど、泊まるわけがありません。しかも、明石海峡大橋が開通した後は、淡路島は北側の方が、やはり関西へのアクセスには便利になりました。

忘れられない思い出が。

キャンプ中のある日、ホテルで警戒していた記者が、「なんだかチームがバスに乗り込みました!!!」と一報。何が起こったのかと戦々恐々としていたら、バスは閉店後の神戸大丸の裏口につきました。どうやら、お土産を買うために、お出かけしたようだったのです。しかも、記者は誰も知らなかったのに(支局は神戸大丸の隣にありました)、そこには情報を聞きつけた、ものすごい群衆が。当時一般的になった携帯メールで、どうやら情報が盛大に漏れていたのでした。記者の無力さをあれほど見せつけられたことは、後にも先にもなかった気がします。

そんなことがもう一度ありました。バスに乗って選手たちが出かけたので、またも最大限に緊張して警戒していたら、ハードロック・カフェのハンバーガーを「どーーーーしても食べたい」とのことで、神戸・ハーバーランドにお出かけしていたのでした。当時はもうすでにカフェブームで、神戸には山ほど素敵なカフェがありました。しかしあえてのハードロック・カフェ。バタ臭いファミレス、ぐらいの認識しかなかった我々にとって、それは驚きだったのでした。

 

ともあれ。阪神淡路大震災で大きな不幸を味わった現地にとって、イングランド代表が淡路島にキャンプを張ったことは、「とても嬉しい話題」でした。しかし、その嬉しい話題は、ウェスティンホテルなしにはありえなかったということです。

これと同じことが、今、日本中にとって言えます。

どんなにポテンシャルが高い地域で、観光資源があったとしても、「ちゃんとしたホテルがなかったら人は来ない」。日本人は万里の長城に行ってみたいというけれども、その夢とセットで「でもね、中国はトイレがね、、」と口を揃えていました。今は改善されたのでしょうか。

次元が違っても、同じことです。

日本にはちゃんとしたホテルはいっぱいあるようで、実はまだまだ足りないのかもしれません。そして、ホテルそのものが魅力的な観光地になること、それも日本という国の魅力を高める上で重要なことかもしれません。

バナーをポチッとしてください


インテリアショップランキング